投稿者: TMJ Otsuka
WEDNESDAY
ALOHA !
おはようございます。
例年通りですが、MEDIA登録し活動しています。
これから、また取材に行ってきます。
今年のメディアTeeはグリーン。
チーム・Y本日より始動。
ピアの朝スイム、そしてバイクはアリードライブを南へ。
セントピータース教会。
ここで折り返す。この教会はマークアレンがレース前にお祈りに来ていた教会でもある。チーム・Yの無事な走りを祈る。
マークアレン: http://geronimo.tokyo/?p=399
金山選手、大西選手、佐藤選手、石田選手の無事な走りを。
ここアリイドライブはラン、バイクをするアイアンマンたちで行き交う。
スイムスタートシーンに出てくる教会がコレ。
ハワイの花と言えばプルメリア。
スイム会場。例年この時期に合わせやってくる超大型の豪華客船が見える。
日本人説明会を聞くチーム・Y選手たち。
今回出場の日本人選手はわずか57名。同一チームではチーム・Yは最高参加人数。
アイアンマンの始まった頃を除けば過去最低の出場者数であり、出場権獲得が極めて難関になって来ているということ。
最後にまたオススメのお店、コナブルワリー。例年必ず寄る地ビールとピザのお店。コナを訪れた方には是非行ってみてほしい。
お気に入りは ” BIG WAVE ” 。
Triathlon “ MONO ” Journalist Nobutaka Otsuka
機材速報その2
TUESDAY
今日はアイアンマンの前にキッズのレースが開催、真剣に頑張っていた。親がアイアンマンレースで子供がこのキッズレースに出ているケースが多いようだ。
オフィシャルプログラムのパレードが始まる。ご存知西内プロを囲んで。彼の着ている衣装は実家福島が震災にあったときのものを持って来たと話してくれた。
アイアンマン歴代2位で6勝の女王バドマン。スイス人としてスイス選手の応援をしながらパレードに参加していた。
日本選手団。横綱がいる!?
スイムパンツに「CEEPO」の文字が。今回は選手でもある、あの田中社長です。
コナの夕陽。多くのアイアンマンが見ていた。
手前にハワイの伝統的なアウトリガーカヌーが見える。
ゴール近くにあるお店「FISH HOPPER」ここの道路側の席が最高の観戦スポット。
Triathlon “ MONO ” Journalist Nobutaka Otsuka
機材速報その1
TREK SPEED CONCEPT
左リエト、右ジョー、中央ジュリーのバイク
SPECIALIZED SHIV
ヘッドからダウンチューブにかけドリンクのフューエルシステムを内臓。大胆なエアロ形状をとる。
FELT DA
今期よりDi2専用フレームとなった。
BH GC AERO
ハワイ入賞経験のあるバイク。
SCOTT PLASMA PREMIUM
カラーリングのみ変更。リアに7900系ブレーキが使用可能となった。
KESTREL 4000PRO SL
2009年のこのハワイで発表、2年経ち復活に向かっている。
Cannondale SLICE
クリシー仕様のバイクを展示。Di2装備。
Cannondale SLICE WOMENS
国内ではフレームのみ展開。ミリンダは乗らない。
ARGON18 E-118
アルゴンの新型は変わらずDHバー含めたブレない設計。
BMC TM01
迫力満点。コストパフォーマンスの高さが話題。
PROFILE ALTAIR CARBON DISC
プロファイルのディスク。レースで使用されるか。
3T MERCULIO 60 LTD
こだわり3Tのディープリムはスポークの止め方が特徴的。
PROFILE T3+carbon
エクステンション部は一度下がり、先端がまた上がる形状。
LOUIS GARNEAU LG TRI300
国内でも確認できなかった商品。造りが良い。
★取り急ぎ、モノ系情報の速報とします。
(まだエキスポ準備中につき、やや荒い画像に。)
Triathlon “ MONO ” Journalist Nobutaka Otsuka
ハワイ入り
出発
頑張ります!
チーム・Yの皆様へ
大西です。
先日開かれた壮行会、本当にどうもありがとうございました。
4日(火)から現地入りします。
最大の目標であり、シーズンの最後を飾るレース。
世界から選ばれた選手が一堂に会するチャンピオンシップは、エキスポやパーティなどいろいろな楽しみが詰まっている一方、自分にとっては拭いきれない不安につつまれたところでもあります。
何度挑戦しても、跳ね返されてばかり。
自分が未だに力を出し尽くせない、100%やり遂げた感を得られていないレースだからです。
2005年、ハワイでサブ10という目標を掲げて既に7シーズン目。
去年、ランで失速した悔しい思いはまだ胸の中にあります。
今年はそのリベンジの年。
サブ10のリミットは日本時間の日曜正午。
#766の黄色いジャージが、その時までに果たしてゴールを駆け抜けられるか?
去年の自分に打ち勝って、なんとか達成したいと思っています。
熱い応援、是非、宜しくお願いします。
Triathlon “ MONO ” Journalist Nobutaka Otsuka
いよいよ今週末開催!
右記ページに現地よりアップしていきます。http://geronimo.tokyo/?cat=13
【見どころ】
①機材
「次世代トライアスロンバイク」が「新世代トライアスロンバイク」となるのか、プロからエイジまでトレンドをチェック。KINGサーベロはシェア維持できているのか、キャノンデールSLICE RSは走るのか、スペシャライズド世界同時発表とは、などチェックすべきことは多い。
②大会
男子は主役不在の中、肉薄するレベルで競う、厳しいレース展開が予想される。バイクは4時間30分前後、ランは2時間50分以内で、ニューレコードの可能性も考えられる。女子はクリーシーがどこまで総合(男子含む)で上がってくるのか。女子優勝回数歴代3位となる4度目の優勝なるか、など期待がかかる。
③チーム・Y
過去最高の4名出場。貫禄の6度目大西選手、クールな走りで狙っている石田選手、熱いハートで初ハワイ金山選手、そして紅一点佐藤選手は笑顔の中にも気合で臨む。男子はサブ10、女子はサブ11をハワイ、コナで達成できるか、チーム・Yの代表として、そして日本の代表として持てる力を出し切ってほしい。
とにかく、この大会でトライアスロンの1年が始まる。
Triathlon “ MONO ” Journalist Nobutaka Otsuka
【メンバーReport】チーム・Yツアー中野レポート(佐渡国際トライアスロン)
中野です。
2002年の佐渡国際トライアスロンAタイプに出場して以来、今年は、10年連続10回目。私にとっては節目の記念大会でした。只、ここ3~4年は、バイクでの不調が続き、佐渡での完走の感激はしばらく味わえていませんでした。それだけに、今年こその思いは例年以上に強いものがありましたし、大塚さんの期待(プレッシャー?)もひしひしと感じながらの参加になりました。
ここからはブログ風に、書きます。
9/2金曜日
例年は仕事で2泊3日の旅程が限界でしたが、今年は運良く3泊4日の日程を確保でき、多少ゆったりした気分で佐渡に向かうことができました。昼過ぎのジェットフォイルに乗船。新潟のターミナルで、プリ金さんやなつみちゃんたちにバッタリ。両津からは専用バスでそのまま受付会場に直行。早々に手続きを済ませて、競技説明会にも参加。レース二日前に受け付けも終えてゆっくりしたことなんてなかったけど、「10年も続けたから神様がご褒美くれたのかな」。思えば、初めて佐渡に行った2002年は、大塚さん運転のワンボックスで金曜日の夜に出発して、新潟インター近くのスーパー銭湯で一夜を明かして早朝のフェリーで佐渡に乗り込んでいました。随分、ハードな日程をこなしていたんですね。
9/3土曜日
午前中はチームメンバーと、魚道場まで往復約20kmののんびりバイクライド。天気は良いし、みんなとバイクで走るのは気持ちいい。大塚さんとクラゲくんの車の伴走が気持ちを高めてくれる!
宿は、ワイの御大増川さんと、絵に描いたような楽天家カジが同部屋。
バランスが取れているような、いないような、、、。
それにしても、カジカワ、到着早々、昼寝ってどういうこと?! 全く起きる気配なし!
中野:「カジ~、夜寝られなくなるよ~」
梶川:「大丈夫です、むにゃむにゃ・・・」
こいつは大物なのか、アホなのか(多分、後者とは思うが、、、)。
土曜日到着組は、午後から説明会に出かけていきました。私は、何するわけでもなく独り部屋でのんびり。と思ったら、カジからメイルが、、、。「搬送中にバイクのエンドが折れていたようで、直すのは無理そうです。泣く泣く、欠場かも」
相変わらず、何かを起こしてくれるヤツ。でも、出られないのはかわいそう過ぎる。神様、どうか助けてあげてください。
夕方、最近の佐渡ツアーの恒例、海辺の写真撮影会。ワイジャージをまとったメンバーが全員そろうと壮観です。同じジャージを着た仲間と話をしていると、何だか、勇気が沸いてきます。とそこへカジからメイル。
「バイク、奇跡的に直りました!」ホント、人騒がせ。でも、カジよかったね! 一緒にがんばろう。
9/4日曜日
いよいよ、レース当日。AM3:30起床。昔は眠れないこともあったけど、最近はレースの前の日でも、そこそこ寝れます。窓の外を見てみると、心配していた台風の影響もなく、開催は問題なさそう。朝ごはんは、無理をせずかるく茶碗に一杯だけ。これじゃ、強くなれないね~でも、あまり胃に負担かけたくないから、これが限界。準備に手間取り、みんなより若干送れて出発。
会場に着くと、スイムは2kmになったというアナウンス。水泳が苦手な私にとっては、この上ない朗報。これも、10年目の神様のプレゼント!
スタートは、AM6:20ということで、のんびり準備に入ります。といっても、特にすることないから、安田美沙子や東野のバイクを見て時間をつぶします。そうこうしているうちに、いざ、出陣。いつもより距離が短いスイムということもあって、ワイのメンバーも少しリラックスしている感じ。お互いの健闘を祈る握手を交わして長い一日の始まりです。
スイムは、手元の時計で50分ぐらい。海から上がって、大塚さん、タダゴン、クラゲくんの顔みて一安心。にっこり笑って「がんばりま~す。大塚さん:「笑ってないで早く行って」これって、きびしくありませんか!
さあ、いよいよここからです。内臓がおかしくなってくるのは、今日はどの辺りなのか。自分に「リラックス」「楽しめ」と語りかけながら、とにかく前に進みます。
ワイのメンバーも何人かパスして、気分よく走って50Kmぐらいまでは快調でしたが案の定です。携帯した補給ドリンクも舐める程度にしか胃に入れてないのですが、この頃から内臓が変調を来たしてきたのが自分でもわかります。一応、携行しているガスター10を一本、服用。少し楽になりますが、本格的な吐き気との戦いが始まるのは時間の問題であることを覚悟しました。
50km~70kmにかけてのアップダウンはどうにかこなしましたが、脱水の影響もあるのでしょう、メッチャ、眠くなってきました。どこかで休みたい、眠りたい、、、。
(画像:バイク.jpg)
やっと両津(90km付近)まできました。でも、まだ半分以上もあります。吐き気も眠気も治まる気配はありません。
ここから先は、あまり記憶が無く、大塚さんの待っている小木まで何とか辿り着こうという思いでしばらくがんばったのだけは覚えています。ただ、どうにもこうにも眠いので、水津(118km)と多田(138km)でしばらく仮眠を取りました。仮眠と嘔吐を繰り返しながら、どうにか小木についたのは、恐らく3時過ぎだったでしょうか。実は、小木まで辿り着いたのも、2年ぶり。結局、大塚さんには会えませんでしたが、私にとって、小木の坂を上ったことは小さいけどひとつの感動でした。そして、とにかくバイクだけでも終えようという気持ちになりました。
そしてそして、8時間51分28秒をかけてバイク完走。何とか制限時間も間に合ったようで、ランへ突入していきました。でも、体調は全然快方には向かっていません。気持ち悪くて、とても走れません。途中、橋山さんが「フラフラしてますけど大丈夫ですか」と声をかけてくれました。フラフラしてるはずです。半分、眠ってるんですから。5kmのエイド付近では、安田美沙子ちゃんにもパスされました。歩いていては関門にひっかかるのは必至なのはわかっているのですが、体が言うことを利きません。もう駄目かなと思い始めたときです。10km付近だったでしょうか。すれ違うランナーの中にボブの姿が。そして、すれ違いざまに「中野さん、あきらめるな」と物凄い怖い顔で怒鳴られました。30半ばの小娘が50目前のオッサンを怒鳴りつけた一喝。利きました。この一言がなかったら、諦めていたかもしれません。それぐらい、すごい覚せい剤でした。ボブ、ありがとう。
そこからは、たまってくる胃液を定期的に外に出して胃を軽くしながら、一定のペースで走ることができました。水分を取れない以上、発汗を出来るだけ抑えるために、AS・WSではとにかく体を冷やしました。
伴走して励ましてくれた大塚さんには、「死ぬ気で走る」と宣言して自分に喝を入れました。
そして、夢にまで見たいよいよゴールです。MASAさんが商店街の入り口付近で「大丈夫、みんな待ってるよ」と。もう、半分、泣いてました。商店街の明かりの中に青いワイジャージが見えたときには、たまらなくうれしかった。ゴールでヒロキさん、大塚さんと抱き合って、みんなとゴールテープを切ったときには、10年続けてきたご褒美がここにあったのかと思いました。
(画像:11中野~1.jpg)
総合タイム 14時間47分24秒
何とも情けないタイムですが、でも、わたしにとっては、かけがえのない栄光の14時間47分24秒です。10年間の佐渡の中でもっともうれしいゴール。
それはワイのみなさんの応援があったから。
ゴールでみんなが待っていてくれたから。
大塚さん、タダゴン、クラゲくんの沿道からの声援があったから。
日帰りで佐渡まで駆けつけてくれたあおキティ、SUTOさんのサプライズがあったから。
本当に、みなさんに感謝感謝。
40代最後の佐渡大会は、一生忘れられないメモリアルになりました。
来年からは、50という大台に乗りますが、オッサンアスリートの誇りと自覚を持って自分なりに頑張っていきます。
最後に、村上春樹の「走ることについて語るときに僕の語ること」の私の好きな一節です。
『もちろん肉体的には苦しかったし、精神的にへこんでしまいそうな局面も時としてあった。でも「苦しい」というのは、こういうスポーツにとっては前提条件みたいなものである。もし苦痛というものがそこに関与しなかったら、いったい誰がわざわざトライアスロンやらフル・マラソンなんていう、手間と時間のかかるスポーツに挑むだろう? 苦しいからこそ、その苦しさを通過していくことをあえて求めるからこそ、自分が生きているというたしかな実感を、少なくともその一端を、僕らはその過程に見出すことができるのだ。』
長文乱文、ご勘弁ください。
みなんの益々の活躍を祈りつつ。
中野 誠
中野さん、完走おめでとうございます。楽しんだもの勝ちですね。(大塚)
Triathlon “ MONO ” Journalist Nobutaka Otsuka