TEAM・Y(石田レポート)

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Ironman World Championshipレース報告
アイアンマンハワイのレースを10時間33分で終えました。
総じて言うと、目標タイムの10時間前半には届きませんでしたが、自分の力を出し切ったという意味では、後悔のない満足のいくレースだったと思います。各種目のスプリットタイム(各種目フィニッシュ時の順位)は以下の通りです。

スイム 1:24:50 (フィニッシュ時1,511位)
バイク 5:31:36(フィニッシュ時1,136位)
ラン 3:26:04(フィニッシュ時768位)
トータル 10:33:19
総合768位 (エイジ85位)
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スイム
昨年の経験から、ウエットスーツ着用無しでのスイムをいかに自分が苦手としているかが分かっていました。去年のタイムは1時間21分で、ウェットスーツを着用出来るいつものアイアンマンンスイムより10分以上遅いタイム。よってスイムのタイムはある程度遅くなるであろうとは予測しながらも、少なくとも練習の成果で去年より速くなっているはずであり、目標タイムは1時間15分に設定。スイムスタート時は、あまりバトルに巻き込まれないように、後方かつ端からスタート。泳ぎ始めると、海水で身体が浮くために、余り足を使わずとも、スムーズに泳ぐことが出来ました。前回の佐渡のレースで、ドラフティングをして水の抵抗を受けないのがいかに効果があるのかが分かっていましたので、自分とほぼ同じスピードで泳ぐ選手を見つけた後には、その後ろにぴったりとついて泳ぐことに徹しました。実際、一人の女性選手の後ろを30分以上、泳いでいたと思います。自分ではスイムは、かなり楽にかつスムーズに泳げたので、おそらく目標の1時間15分はクリアー出来たのではとの期待感を持って泳ぎ続けました。しかし、泳ぎ終えて時計を見ると、タイムは1時間24分。それは去年よりも3分も遅いタイムで、目標にも全く届いていないので、かなり落胆(この時点で1511位)。
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バイク
トランジションエリアには、昨年同様残っているバイクは少なく、特に自分のエイジのバイクラックはほぼからっぽ。ただし、昨年経験した通りで、予想の範囲内での出来事なので、気を取り直してバイクスタート。スタート直後、チームYの仲間の声援を受けました。嬉しい半面、余りに遅いポジションでのスタートなので、恥ずかしく苦笑いをしながら、手を振って声援に応えました。こぎ始めは追い風にも助けられ、時速40キロ近くは楽に出せ、次々と前の選手を抜かしました。ただしこれも昨年同様、周囲の選手は自分より年配のおばさん、おじさんばっかりであり、なかなか自分のエイジの選手には合わないという状況。心拍数は140代半ばと普段の練習よりは少し高めのレベルであるものの、決して無理をしている水準ではなく、一定のペースを維持することを心がけました。レース当日の天気は晴れで、気温も30度を超える暑さ。エイドでは水をこまめに飲むと共に、1時間おきに塩のタブレッド、パワージェルを摂取するようにしました。
ハワイのコースの特徴は強い風で、80Kを過ぎた地点ぐらいから、強風で有名なハビィ地区に突入します。半分の90Kを過ぎた時点でタイムは約2時間40分で、ほぼ計算通りのペース。この後の強風、そして向かい風の中での上りでどこまでスローダウンせずにこぎ続けられるかが、最終のバイクのタイムを左右することを去年のレースで学びました。よってこれからが、バイクの本当の勝負と集中をとぎらせることなく、こぎ続けました。途中で気付いたのが、去年に比べて、猛烈な横風が中々現れないこと。その強風に出遭うまでに、極力距離を伸ばそうと、力を入れました。しかし100K過ぎぐらいにやはりその強風は現れました。余りに風が強いので、転倒せずにこぐのが精いっぱいという状況でした。
そのハビィの地区を抜け出すと、往路は逆に追い風に助けられ比較的楽なコースのはずでしたが、それも長続きせず、ずっと長い時間向かい風が続きました。さすがに足にも疲れが見え始め、若干ペースダウン。当初のバイクの目標タイム5時間20分が徐々に遠ざかり始め、5時間30分が現実的なタイムになってきました。またそれまでバイク開始時期から周囲の選手をどんどん抜き去っていたのが、頭打ちになり、抜かすのも困難な状況になってきました。結局5時間31分でバイクフィニッシュ(この時点で1136位まで順位を上げ、バイクで380人位を抜く)。
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ラン
バイクでの疲労感はあったものの、比較的速いピッチでランを開始。既にこの時点でおよそ7時間が経過していたので、10時間前半は無理とあきらめたものの、ランを何とか3時間20分以内におさめ、ランの自己ベストを達成することを意識して走りました。又、先行している大西さん、金山さんを何とかとらえたいと思い、まず二人の選手の位置を確認することを意識。走ってすぐに、次々とチームYの応援の皆に出会いました。去年と違い、チームの応援の人数も多いので、「声援に応えて頑張らなければ!」といい刺激になりました。軽やかなペースで次々と周囲の選手を抜かす中、心拍数は150代半ば。理想より少し高いレベルではあるもののこの暑さなので致し方ないかなと割り切りました。気温は依然として30度程度と暑いものの、ペースは1マイル7分台前半のペース(キロ4分20-~30秒ペース)のいいペースでした。去年は10K過ぎよりお腹を下し苦しんだので、それが今年も再発しないことを祈りながら走りました。そうこうしているうちに、折り返しで戻ってくる金山さんに会い、その後大西さんともすれ違う。去年は大西さんとの差はランの走り初めの段階で、既に30分程度開いており、とても追いつける差ではなかったものの、今年はそれほど差が開いていないことで追い付ける可能性は充分にあることを確認。まず大西さんに追いつくことを目標とし、マイル7分前半のペースを維持。10キロ過ぎで大西さんに追い付き、その後もいいペースで走り続け、ハーフの時点で、大体1時間34分。このままのペースで走れれば、3時間15分という好記録でランをフィニッシュ出来るのではと期待も膨らみました。
25キロ過ぎのEnergy Labの手前で金山さんに追い付きパス。少しスピードは落ちてきたものの、まだまだいけるという感じ。ただし30Kを過ぎたころから、急に力が入らなくなりました。手持ちのエネルギードリンクを飲みほしてからは、カロリー摂取はコーラに頼っていたものの、それではエネルギー不足につながったのではと反省。急に軽いめまいも感じ、今までのハイピッチのランが嘘のようにスピードが落ち始めました。それまでは、誰にも抜かされることなく、ひたすら周囲の選手をごぼう抜きにするという状況が続いていたのが、周囲の選手とほぼ同じペースまでスローダウン。Energy Labの帰路は緩やかな上り坂。「少しぐらい歩いてしまおうか」という悪魔のささやきが耳に聞こえてくる中、何とか次のエイドステーションまでは、我慢して走ることを決意。ただペースは鈍り、ちょっと前とは別人のよう。このままでは、また金山さんに追い付かれてしまうというプレッシャーを背中で感じながら、何とかエイドにたどりつき、パワージェルを摂ると共に、コーラをコップ2杯飲み干す。しかし、あと残り6~7Kとなったあたりから、最後のひと踏ん張りと、気持ちも強く持ち始め、徐々にペースが戻り始めました。ただそんな気持ちとは裏腹に、まず右のハムストリングが攣り始めました。疲弊が極限になる暑いレースではしばしば経験することですが、これが始まるととても走れる状況ではなく、立ち止まってストレッチをして、歩いては攣り、また歩いては攣る、ということを繰り返し、何とか走れるようになるというのが、いつものパターンです。しかし右のももの痙攣が治ったと思ったら、次には左のハムストリングが攣りました。そして足が悲鳴を上げる中、4回ぐらい足の痙攣を経験しましたが、ゴールまでの距離は確実に縮まっており、残りがあと5K、4Kとフィニッシュが徐々に近づいてきました。その頃には、3時間20分を切るのは無理だというのは分かっていましたが、大きく崩れなければ、3時間30分は切れるというのは分かっていたので、落ち込むことなく今のペースを維持することだけに集中して、足を運びました。そんな中、コナの街が姿を見せ始め、観衆の声援が聞こえてきました。そしてゴールに近づいてきたところで、チームの応援の皆に会いました。「ようやく帰ってきた」という安堵感を感じる中、活力がまた戻ってきました。去年は最後のアリドライブの沿道を走っていたときには、余りに心身のダメージが強かったので「もうしばらくはトライアスロンのレースのことは考えたくない」と思いながら走っていたのを思い出しました。その一方、今年は「来年もこのコナに戻ってきて、今度は10時間を切るタイムでフィニッシュするんだ」という新たな決意が生まれました。そして「Tsutomu Ishida from Japan.  You are an Ironman!」のアナウンスを聞きながら、フィニッシュラインを走り抜けました。ランのタイムは3時間26分で、順位は768位。ランスタート時の順位が1136位なので、1時間に約100人ずつ抜かし、計約350人を抜かしたことになります。
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いつもの事ですが、このフィニッシュラインを超えると、ようやく長い一日が終わったという安堵感、ついにやり遂げたという達成感、苦しみが終わったという開放感、そしてレースが終わってしまったという寂しさ、色々な混じり合った思いが湧きあがります。ただし、今年に関しては、ランの後半苦しみながらも、最後まで崩れずに走りきったと言う点で、達成感が非常に大きいものでした。
今年は6月に開催の予定であったIMチャイナのレースに照準を合わせ、2月ごろからトレーニングを続けてきました。その過程で、IMコリアでは自己ベストを大きく上回る9時間台でのフィニッシュも経験し、充実したシーズンであった気がします。ただし、ここでしばらくは休憩をとり心身ともに休めて、また来年のシーズンをフレッシュな状態で臨めるようにしたいと思います。
学び、進化する。今年は来年のために。そして来年はもっと強くなっているだろう。(大塚)

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Triathlon “ MONO ” Journalist     Nobutaka Otsuka